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鉄道唱歌 第2集 山陽・九州編

明治33年9月、大和田建樹作詞

神戸〜三田尻(現・防府)
門司(現・門司港)〜八代
鳥栖〜長崎

編内No. 通算No. 歌詞 読み 駅名
167 夏なお寒き布引の なつなおさむきぬのびきの
滝のひびきをあとにして たきのひびきをあとにして
神戸の里を立ちいずる こうべのさとをたちいずる 神戸
山陽線路の汽車の道 さんようせんろのきしゃのみち
268 兵庫 鷹取 須磨の浦 ひょうごたかとりすまのうら 兵庫、鷹取、須磨
名所旧蹟かずおおし めいしょきゅうせきかずおおし
平家の若武者敦盛が へいけのわかむしゃあつもりが
討たれし跡もここと聞く うたれしあともここときく
369 その最期まで携えし そのさいごまでたずさえし
青葉の笛は須磨寺に あおばのふえはすまでらに
今ものこりて宝物の いまものこりてほうもつの
中にあるこそあわれなれ なかにあるこそあわれなれ
470 九郎判官義経が くろうほうがんよしつねが
敵陣めがけておとしたる てきじんめがけておとしたる
鵯越やいちのたに ひよどりごえやいちのたに
皆この名所の内ぞかし みなこのめいしょのうちぞかし
571 舞子の松の木の間より まいこのまつのこのまより 舞子
まぢかく見ゆる淡路島 まぢかくみゆるあわじしま
夜は岩屋の灯台も よるはいわやのとうだいも
手に取る如く影あかし てにとるごとくかげあかし
672 明石の浦の風景を あかしのうらのふうけいを 明石
歌によみたる人麿の うたによみたるひとまろの
社はこれか島がくれ やしろはこれかしまがくれ
こぎゆく舟もおもしろや こぎゆくふねもおもしろや
773 加古川おりて旅人の かこがわおりてたびびとの 加古川
立ちよる陰は高砂の たちよるかげはたかさごの
松のあらしに伝えくる まつのあらしにつたえくる
鐘も名だかき尾上寺 かねもなだかきおのえでら
874 阿弥陀は寺の音に聞き あみだはてらのおとにきき 阿弥陀(現・曽根)
姫路は城の名にひびく ひめじはしろのなにひびく 姫路
ここより支線に乗りかえて ここよりしせんにのりかえて
ゆけば生野は二時間余 ゆけばいくにはにじかんよ 生野
975 那波の駅から西南 なはのえきからにしみなみ 那波
一里はなれて赤穂あり いちりはなれてあこうあり
四十七士が仕えたる しじゅうしちしがつかえたる
浅野内匠の城のあと あさのたくみのしろのあと
1076 播磨すぐれば焼物の はりますぐればやきものの
名に聞く備前の岡山に なにきくびぜんのおかやまに 岡山
これも名物吉備団子 これもめいぶつきびだんご
津山へ行くは乗りかえよ つやまへゆくはのりかえよ 津山
1177 水戸と金沢 岡山と みととかなざわおかやまと
天下に三つの公園地 てんかにみつのこうえんち
後楽園も見てゆかん こうらくえんもみてゆかん
国へ話のみやげには くにへはなしのみやげには
1278 霊験今にいちじるく れいけんいまにいちじるく
讃岐の国に鎮座ある さぬきのくににちんざある
金刀比羅宮へ参るには ことひらぐうへまいるには
玉島港より汽船あり たましまこうよりきせんあり
1379 畳おもての備後には たたみおもてにびんごには
福山町ぞ賑わしき ふくやままちぞにぎわしき 福山
城の石垣むしのこす しろのいしがきむしのこす
苔にむかしの忍ばれて こけにむかしのしのばれて
1480 武士が手に巻く鞆の浦 ぶしがてにまくとものうら
ここよりゆけば道三里 ここよりゆけばみちさんり
仙酔島を前にして せんすいじまをまえにして
煙にぎわう海士の里 けむりにぎわうあまのさと
1581 浄土西国千光寺 じょうどさいごくせんこうじ
寺の名たかき尾道の てらのなたかきおのみちの 尾道
港を窓の下に見て みなとをまどのしたにみて
汽車の眠もさめにけり きしゃのねむりもさめにけり
1682 糸崎 三原 海田市 いとざきみはらかいたいち 糸崎、三原、海田市
すぎて今つく広島は すぎていまつくひろしまは 広島
城のかたちもそのままに しろのかたちもそのままに
今は師団をおかれたり いまはしだんをおかれたり
1783 日清戦争はじまりて にっしんせんそうはじまりて
かたじけなくも大君の かたじけなくもおおきみの
御旗を進めいまいたる みはたをすすめいまいたる
大本営のありし土地 だいほんえいのありしとち
1884 北には饒津の公園地 きたにはにぎつのこうえんち
西には宇品の新港 にしにはうじなのしんみなと
内海波も静かなり うちうみなみもしずかなり
呉軍港は近くして くれぐんこうはちかくして
1985 己斐の松原五日市 こいのまつばらいつかいち 己斐(現・西広島)、五日市
いつしか過ぎて厳島 いつしかすぎていつくしま
鳥居を前にながめやる とりいをまえにながめやる
宮島駅につきにけり みやじまえきにつきにけり 宮島(現・宮島口)
2086 汽笛ならして客を待つ きてきならしてきゃくをまつ
汽船に乗れば十五分 きせんにのればじゅうごふん
早くもここぞ市杵島 はやくもここぞいちきしま
姫のまします宮どころ ひめのましますみやどころ
2187 海にいでたる廻廊の うみにいでたるかいろうの
板を浮べてさす汐に いたをうかべてさすしおに
うつる燈籠の火の影は うつるとうろのひのかげは
星か蛍か漁火か ほしかほたるかいさりびか
2288 毛利元就この島に もうりもとなりこのしまに
城をかまえて君の敵 しろをかまえてきみのあだ
陶晴賢を誅せしは eすえはるかたをちゅうせしは
のこす武臣の鑑なり のこすぶしんのかがみなり
2389 岩国川の水上に いわくにかわのみなかみに 岩国
かかれる橋は算盤の かかれるはしはそろばんの
玉をならべし如くにて たまをならべしごとくにて
錦帯橋と名づけたり きんたいきょうとなづけたり
2490 風に糸よる柳井津の かぜにいとよるやないづの 柳井津(現・柳井)
港にひびく産物は みなとにひびくさんぶつは
甘露醤油に柳井縞 かんろじょうゆにやないじま
からき浮世の塩の味 からきうきよのしおのあじ
2591 出船入船たえまなき でぶねいりぶねたえまなき
商業繁華の三田尻は しょうぎょうはんかのみたじりは 三田尻(現・防府)
山陽線路のおわりにて さんようせんろのおわりにて
馬関に延ばす汽車のみち ばかんにのばすきしゃのみち
2692 少しくあとに立ちかえり すこしくあとにたちかえり
徳山港を船出して とくやまこうをふなでして 徳山
二十里ゆけば豊前なる にじゅうりゆけばぶぜんなる
門司の港につきにけり もじのみなとにつきにけり 門司(現・門司港)
2793 向の岸は馬関にて むかいのきしはばかんにて 馬関(現・下関)
海上わずか二十町 かいじょうわずかにじっちょう
瀬戸内海の咽首を せとうちうみののどくびを
しめてあつむる船の数 しめてあつむるふねのかず
2894 朝の帆影夕烟 あしたのほかげゆうけむり
西北さしてゆく船は にしきたさしてゆくふねは
鳥も飛ばぬと音にきく とりもとばぬとおとにきく
玄海洋やわたるらん げんかいなだやわたるらん
2995 満ち引く汐も早鞆の みちひくしおもはやともの
瀬戸と呼ばるる此海は せととよばるるこのうみは
源平両氏の古戦場 げんぺいりょうしのこせんじょう
壇の浦とはこれぞかし だんのうらとはこれぞかし
3096 世界にその名いと高き せかいにそのないとたかき
馬関条約結びたる ばかんじょうやくむすびたる
春帆楼の跡といて しゅんぱんろうのあとといて
昔しのぶもおもしろや むかししのぶもおもしろや
3197 門司よりおこる九州の もじよりおこるきゅうしゅうの 門司(現・門司港)
鉄道線路をはるばると てつどうせんろをはるばると
ゆけば大里の里すぎて ゆけばだいりのさとすぎて 大里(現・門司)
ここぞ小倉と人はよぶ ここぞこくらとひとはよぶ 小倉
3298 これより汽車を乗りかえて これよりきしゃをのりかえて
東の浜に沿いゆかば ひがしのはまにそいゆかば
城野 行橋 宇島を じょうのゆくはしうのしまを 城野、行橋、宇島
すぎて中津に至るべし すぎてなかつにいたるべし 中津
3399 中津は豊後の繁華の地 なかつはぶんごのはんかのち
頼山陽の筆により らいさんようのふでにより
名だかくなりし耶馬溪を なだかくなりしやばけいを
見るには道も遠からず みるにはみちもとおからず
34100 白雲かかる彦山を しらくもかかるひこさんを
右にながめて猶ゆけば みぎにながめてなおゆけば
汽車は宇佐にて止まりたり きしゃはうさにてとまりたり 宇佐
八幡の宮に詣でこん やわたにみやにもうでこん
35101 歴史を読みて誰も知る れきしをよみてたれもしる
和気清麿が神勅を わけきよまろがしんちょくを
請いまつりたる宇佐の宮 こいまつりたるうさのみや
あおがぬ人は世にあらじ あおがぬひとはよにあらじ
36102 小倉に又も立ちもどり こくらにまたもたちもどり
ゆけば折尾の右左 ゆけばおりおのみぎひだり 折尾
若松線と直方の わかまつせんとのおがたの 若松、直方
道はここにて出あいたり みちはここにてであいたり
37103 走る窓より打ち望む はしるまどよりうちのぞむ
海のけしきのおもしろさ うみのけしきのおもしろさ
磯に貝ほる乙女あり いそにかいほるおとめあり
沖に帆かくる小舟あり いそにほかくるおぶねあり
38104 おとにききたる箱崎の おとにききたるはこざきの 箱崎
松かあらぬか一むらの まつかあらぬかひとむらの
みどり霞みて見えたるは みどりかすみてみえたるは
八幡の神の宮ならん やわたのかみのみやならん
39105 天の橋立 三保の浦 あまのはしだてにほのうら
この箱崎を取りそえて このはこざきをとりそえて
三松原とよばれたる さんまつばらとよばれたる
その名も千代の春のいろ そのなもちよのはるのいろ
40106 織物産地と知られたる おりものさんちとしられたる
博多は黒田の城のあと はかたはくろだのしろのあと
川をへだてて福岡の かわをへだててふくおかの
町もまぢかくつづきたり まちもまぢかくつづきたり
41107 まだ一日とおもいたる まだいちにちとおもいたる
旅路は早も二日市 たびじははやもふつかいち 二日市
下りて見てこん名にききし おりてみてこんなにききし
宰府の宮の飛梅を さいふのみやのとびうめを
42108 千年のむかし大宰府を ちとせのむかしだざいふを
おかれしあとは此処 おかれしあとはこのところ
宮に祭れる菅公の みやにまつれるかんこうの
事蹟かたらんいざ来れ じせきかたらんいざきたれ
43109 醍醐の御代の其はじめ だいごのみよのそのはじめ
惜しくも人にそねまれて おしくもひとにそねまれて
身になき罪をおわせられ みになきつみをおわせられ
ついに左遷と定まりぬ ついにさせんとさだまりぬ
44110 天に泣けども天言わず てんになけどもてんいわず
地に叫べども地もきかず ちにさけべどもちもきかず
涙を呑みて辺土なる なみだをのみてへんどなる
ここに月日をおくりけり ここにつきひをおくりけり
45111 身は沈めども忘れぬは みはしずめどもわすれぬは
海より深き君の恩 うみよりふかききみのおん
かたみの御衣を朝毎に かたみのぎょいをあさごとに
ささげてしぼる袂かな ささげてしぼるたもとかな
46112 あわれ当時の御心を あわれとうじのみこころを
おもいまるればいかならん おもいまつればいかならん
御前の池に鯉を呼ぶ おまえのいけにこいをよぶ
おとめよ子等よ旅人よ おとめよこらよたびびとよ
47113 一時栄えし都府楼の いちじさかえしとふろうの
あとをたずねて分け入れば あとをたずねてわけいれば
草葉をわたる春風に くさばをわたるはるかぜに
なびく菫の三つ五つ なびくすみれのみついつつ
48114 鐘の音きくと菅公の かねのねきくとかんこうの
詩に作られて観音寺 しにつくられてかんのんじ
仏も知るや千代までも ほとけもしるやちよまでも
つきぬ恨の世がたりは つきぬうらみのよがたりは
49115 宰府わかれて鳥栖の駅 さいふわかれてとすのえき 鳥栖
長崎ゆきのわかれ道 ながさきゆきのわかれみち
久留米は有馬の旧城下 くるめはありまのきゅうじょうか 久留米
水天宮もほどちかし すいてんぐうもほどちかし
50116 かの西南の戦争に かのせいなんのせんそうに
その名ひびきし田原坂 そのなひびきしたばるざか
見にゆく人は木葉より みにゆくひとはこのはより 木葉
おりて道きけ里人に おりてみちきけさとびとに
51117 眠る間もなく熊本の ねむるまもなくくまもとの 熊本
町につきたり我汽車は まちにつきたりわがきしゃは
九州一の大都会 きゅうしゅういちのだいとかい
人口五万四千あり じんこうごまんしせんあり
52118 熊本城は西南の くまもとじょうはせいなんの
役に名を得し無類の地 えきになをえしむるいのち
細川氏のかたみとて ほそかわうじのかたみとて
今はおかるる六師団 いまはおかるるろくしだん
53119 町の名所は水前寺 まちのめいしょはすいぜんじ
公園きよく池ひろし こうえんきよくいけきよし
宮は紅葉の錦山 みやまもみじのにしきやま
寺は法華の本妙寺 てらはほっけのほんみょうじ
54120 ほまれの花もさきにおう ほまれのはなもさきにおう
花岡山の招魂社 はなおかやまのしょうこんしゃ
雲か霞か夕ぞらに くもかかすみかゆうぞらに
みゆるは阿蘇の遠煙 みゆるはあそのとおけむり
55121 わたる白川 緑川 わたるしらかわみどりかわ
川尻ゆけば宇土の里 かわしりゆけばうとのさと 川尻、宇土
国の名に負う不知火の くにのなにおうしらぬいの
見ゆるはここの海と聞く みゆるはここのうみときく
56122 線路分るる三角港 せんろわかるるみすみこう 三角
出で入る船は絶えまなし いでいるふねはたえまなし
松橋すぎて八代と まつばせすぎてやつしろと 松橋、八代
聞くも心のたのしさよ きくもこころのたのしさよ
57123 南は球磨の川の水 みなみはくまのかわのみず
矢よりも早く流れたり やよりもはやくながれたり
西は天草洋の海 にしはあまくさなだのうみ
雲かとみゆる山もなし くもかとみゆるやまもなし
58124 ふたたびかえる鳥栖の駅 ふたたびかえるとすのえき
線路を西に乗りかえて せんろをにしにのりかえて
ゆけば間もなく佐賀の町 ゆけばまもなくさがのまち 佐賀
城にはのこる玉のあと しろにはのこるたまのあと
59125 つかてれあびる武雄の湯 つかれてあびるたけおのゆ 武雄(現・武雄温泉)
みやげにするは有田焼 みやげにするはありたやき 有田
めぐる車輪の早岐より めぐるしゃりんのはいきより 早岐
右にわかるる佐世保道 みぎにわかるるさせぼみち
60126 鎮西一の軍港と ちんぜいいちのぐんこうと
その名しられて大村の そのなしられておおむらの
湾をしめたる佐世保には わんをしめたるさせぼには 佐世保
わが鎮守府をおかれたり わがちんじゅふをおかれたり
61127 南の風をハエと読む みなみのかぜをはえとよむ
南風崎すぎて川棚の はえのさきすぎてかわたなの 南風崎、川棚
つぎは彼杵か松原の つぎはそのぎかまつばらの 彼杵、松原
松ふく風ものどかにて まつふくかぜものどかにて
62128 右にながむる鯛の浦 みぎにながむるたいのうら
鯛つる舟もうかびたり たいつるふねもうかびたり
名も諫早の里ならぬ なもいさはやのさとならぬ 諫早
旅の心やいさむらん たびのこころやいさむらん
63129 故郷のたよりを喜々津とて こきょうのたよりをききつとて 喜々津
おちつく人の大草や おちつくひとのおおくさや 大草
春日長与のたのしみも はるびながよのたのしみも 長与
道尾にこそつきにけれ みちのおにこそつきにけれ 道ノ尾
64130 千代に八千代に末かけて ちよにやちよにすえかけて
栄行く御代は長崎の さかえゆくふねはながさきの 長崎
港にぎわう百千船 みなとにぎわうももちぶね
夜は舷灯のうつくしさ よはげんとうのうつくしさ
65131 汽車よりおりて旅人の きしゃよりおりてたびびとの
まず見にゆくは諏訪の山 まずみにゆくはすわのやま
寺町すぎて居留地に てらまちすぎてきょりゅうちに
入ればむかしぞ忍ばるる いればむかしぞしのばるる
66132 わが開港を導きし わがかいこうをみちびきし
阿蘭陀船のつどいたる おだんだぶねのつどいたる
みなとはここぞ長崎ぞ みなとはここぞながさきぞ
長くわするな国民よ ながくわするなくにたみよ
67133 前は海原はてもなく まえはうなばらはてもなく
外つ国までもつづくらん とつくにまでもつづくらん
あとは鉄道一すじに あとはてつどうひとすじに
またたくひまも青森よ またたくひまもあおもりも
68134 あしたは花の嵐山 あしたははなのあらしやま
ゆうべは月の筑紫潟 ゆうべはつきのしのぶがた
かしこも楽しここもよし かしこもたのしここもよし
いざ見てめぐれ汽車の友 いざみてめぐれきしゃのとも

入力:河原一敏
初出:2000年1月8日
更新:2000年1月8日



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